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投稿日:2015/07/23 16:21

あさがお

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アサガオ(朝顔、学名: Ipomoea nil [1]、英: Morning glory)は、ヒルガオ科サツマイモ属の一年性植物。日本で最も発達した園芸植物。古典園芸植物のひとつでもある。中国語で牽牛(簡)。日本では「蕣」の漢字も当てられる。
日本[編集]
日本への到来は、奈良時代末期に遣唐使がその種子を薬として持ち帰ったものが初めとされる。アサガオの種の芽になる部分には下剤の作用がある成分がたくさん含まれており、漢名では「牽牛子(けんごし)」と呼ばれ、奈良時代、平安時代には薬用植物として扱われていた。和漢三才図絵には4品種が紹介されている。
なお、遣唐使が初めてその種を持ち帰ったのは、奈良時代末期ではなく、平安時代であるとする説もある。この場合、古く万葉集などで「朝顔」と呼ばれているものは、本種でなく、キキョウあるいはムクゲを指しているとされる。
利用[編集]
薬用[編集]
種子は「牽牛子」(けんごし)と呼ばれる生薬として用いられ、日本薬局方にも収録されている。中国の古医書『名医別録』では、牛を牽いて行き交換の謝礼したことが名前の由来とされている。
粉末にして下剤や利尿剤として薬用にする。煎液にしても効かない[要出典]。種子は煮ても焼いても炒っても効能があるものの毒性が強く、素人判断による服用は薦められない。
毒性[編集]
毒成分
ファルビチン[3]、コンボルブリン
毒部位
種子
毒症状
嘔吐、下痢、腹痛、血圧低下
品種改良[編集]
世界的に見ても、これほど形態が多種多様に変化した園芸植物は他にない。ほとんどの変異は江戸時代に生まれたものである。変異の著しいものには種子を作る事ができないものもある。
アサガオは一年草であるが「出物」と呼ばれる変化は種子ができないか非常に結実しにくいため系統の維持ができず、変化が発現しなかった株により遺伝的に伝えて行くしかない。したがってたくさんの種をまき、小苗の内に葉の特徴から変化を有している株を選び出す必要がある。そのため江戸時代の人々は経験的にメンデルの法則を知っていたとも言われる。
多様な遺伝子変異を持つアサガオは、早くから遺伝学研究の対象となり、遺伝子配列が知られていた。現在も遺伝学の研究材料として用いられている。
品種改良の歴史[編集]
江戸時代の2度の朝顔ブームを機に品種改良が大きく進んで観賞用植物となり、木版の図譜類も多数出版された。この時代には八重咲きや花弁が細かく切れたり、反り返ったりして本来の花型から様々に変化したものが生まれ、世間の注目を浴びた。これを現在では「変化朝顔(へんげあさがお)」と呼び、江戸、上方を問わず非常な流行を見た。特に珍しく美しいものは、オモトや菊などと同様、非常な高値で取り引きされた。「大輪朝顔」も「正木」と呼ばれる結実する変化朝顔の一種である。江戸時代の変化朝顔ブームは、文化・文政期(1804年-1830年)、嘉永・安政期(1848年-1860年)にあり、幕末には約1200系統が作られた[4]。ブームの発端は、文化3年(1806年)の江戸の大火で下谷に広大な空き地ができ、そこに下谷・御徒町村付近の植木職人がいろいろな珍しい朝顔を咲かせたことによる[5]。その後、趣味としてだけでなく、下級武士の御徒が内職のひとつとして組屋敷の庭を利用して朝顔栽培をするようにもなった[5]。
上記とは別に、熊本藩では武士たちによる園芸が盛んで、朝顔も花菖蒲や菊、芍薬、椿、山茶花などと共に愛好されており、盛んに育種されて独自の系統が生まれた。この花は変化朝顔とは違い、本来の朝顔の花型を保ち、大輪であり、「肥後朝顔」と呼ばれる。これが後世の大輪朝顔の祖先の一つになった。これら熊本の六種類の園芸植物は現在「肥後六花」と総称され、熊本に伝えられている。
明治時代以降も変化朝顔は発展して、「東京朝顔研究会」などの愛好会が生まれ、もてはやされた。この頃にはあまりな多様性よりも花型の洗練が追求され、対象となる花型が絞られた。当時の名花は石版画や写真として残されている。
やがて花型の変化ではなく、花径の大きさを追求する「大輪朝顔」が発展し始める。通常の朝顔の花は曜と呼ばれる花弁が互いに融合した漏斗状の形をしており曜の数は5枚であるが、「大輪朝顔」では曜の数が6-9枚程度に増える「州浜性」という肥後朝顔にもみられる変化の現れた品種が導入され、選別や他の系統との交配により次第に発展し、「青蝉葉系」と「黄蝉葉系」が生まれた。前者は成長が早いため「行灯(あんどん)作り」、後者は「盆養(切り込み)作り」「数咲き作り」という仕立て方で咲かせるのが本式である。行灯作りとは、支柱三個に輪が三つついている支柱、あるいは、らせん状にまいた針金を竹に取り付けたものに蔓を絡めていき仕立てをする方法である。切り込み作りは、茎を切り込んで脇芽を出し、背丈の低い引き締めた形、まるで盆栽のように作る方法である。名古屋式が有名であるがそれを、容易な栽培方法にした切り込み作りも良く見られる。数咲き作りは同じように切り込んでいくが、一辺に多くの花を咲かせる仕立て方で京都式が有名である。
戦後は大輪朝顔が主流を占めるようになり、直径20cm以上にもなる花を咲かせることのできる品種も現れた。もちろんそのためには高度な栽培技術が確立されたことも重要である。変化朝顔は維持が難しいためごく一部でのみ栽培されているが、最近再び注目されつつある。
現在は、江戸時代に作られたとされる「黄色の朝顔」と「黒色の朝顔」の再現が度々試みられているが、完璧な再現に至っていない。このため「黄色の朝顔」は「黒色の朝顔」と並び、「幻の朝顔」と呼ばれる(ただし、昭和40年代に再現が試みられ成功し、NHKのニュース番組でも報道された[要出典]が、その後は絶えた模様である。ただし、黒や黄色に近い品種は存在する。黒色に最も近いといわれるものとして「黒王」という品種があり、黄色を求める試行の後に出来上がった品種の代表として最も有名なものに「右近」がある。2014年、サントリーグローバルイノベーションセンター、基礎生物学研究所、鹿児島大学の合同チームが、キンギョソウから黄色色素オーロンの遺伝子を導入することで初めて黄色い朝顔を開花させることに成功した[6]。
おおよそは、江戸時代に突然変異により作られて品種をベースに近代では交配を重ねて新しい品種がつくられている。それを育種と呼ぶ。
最近のその大きい成果の一つの中に曜白朝顔がある。作出は静岡大学名誉教授の米田芳秋による。米田は以前より試みられてきたマルバアサガオとアサガオとの種間雑種の作出に、一度縁種のアフリカ系アサガオとマルバアサガオを交配させ、そののちに日本の朝顔と交配させることで成功した。その過程で花弁の曜の部分が白くなる系統が発見され、曜白朝顔作成に繋がった。後に大手種苗会社から発売されたことにより一般に普及した。
かつては偶然の突然変異により新種が作られていた。現代は主に交配により研究者、種苗会社、また競技花として優良なものを作ろうとしている民間栽培家が新しいものを作出している。
年中行事[編集]
東京都
日比谷公園「超大輪朝顔展」 - 毎年7月末〜8月初旬
靖国神社「奉納朝顔展」
三田魚藍寺「変化朝顔展」
入谷朝顔市
千葉県
国立歴史民俗博物館くらしの植物苑「伝統の朝顔展」
朝顔の売買と朝顔市[編集]
朝顔は別名「牽牛」といい、これは中華文化圏での名称でもあるが、朝顔の種が薬として非常に高価で珍重された事から、贈答された者は牛を引いて御礼をしたという謂れである。平安時代に日本にも伝わり、百薬の長として珍重された。
その後、江戸時代には七夕の頃に咲く事と、牽牛にちなみ朝顔の花を「牽牛花」と以前から呼んでいたことから、織姫を指し、転じて朝顔の花を「朝顔姫」と呼ぶようになり、花が咲いた朝顔は「彦星」と「織姫星」が年に一度出会えた事の具現化として縁起の良いものとされた。これらの事により、夏の風物詩としてそのさわやかな花色が広く好まれ、鉢植えの朝顔が牛が牽く荷車に積載されて売り歩かれるようになった。
また珍奇な品種は愛好家たちが門外不出として秘蔵していたが、普通の品種は植木市や天秤棒を担いだ朝顔売りから購入することができた。こういった一般販売用の朝顔は、江戸では御家人などが内職として栽培していた。これが発展して、明治時代初期から入谷朝顔市が始まった。
栽培がし易く種を採りやすい品種については広く色々なものが市販されている。一般に市販されていない朝顔として、変化朝顔もしくは、各地の朝顔会でつくられる大輪朝顔がある。
出物変化朝顔については、劣性遺伝子がホモに組み合わさった時のみその形態が出るため、大量に種をまく必要がある。またその特殊な変化を残していくには、劣性遺伝子がヘテロで残っている親木を使うことになるが、それには、試し蒔きをしたり、独自の選別知識が必要になる。
大輪朝顔については各種販売されているが、各地の朝顔会で作られる品種の多くは市販されていない。これらの種は朝顔会に入会するか、各地で催される朝顔展示会での販売などで入手することができる。
日本以外の品種改良[編集]
高温を好む植物で短日性のため、イギリス等の高緯度地域での栽培は難しく、欧米ではあまり品種もないが、庭園用の多花性品種として、鮮紅色中輪の「スカーレット・オハラ」などが作出されている。なお近縁種のマルバアサガオは比較的早くから欧米で栽培され、花色の変異も色々見られる。
さらに「ヘブンリー・ブルー」などのソライロアサガオは近縁の別種である。ソライロアサガオやマルバアサガオはまとめて「西洋朝顔」と呼ばれることもある。
文化[編集]

『朝顔図屏風』(部分) 鈴木其一、幕末期。

「三十六花撰」「東都入谷朝顔」 「廿八」1866年
俳句
「朝顔」は夏ではなく秋の季語である。
朝顔に つるべ取られて もらひ水(加賀千代女)
図譜
「朝顔三十六花撰」萬花園主人(横山正名)画。江戸時代の嘉永7年に横山正名(1833年-1908年)が描いた36種の突然変異体の図譜。鍋島直孝が序文を書いている。[7]。
慣用句
朝顔の花一時(あさがおのはないっとき)
その他
複数の自治体がアサガオを市区町村の花としている。 - 東京都台東区、武蔵野市、横浜市旭区 など。
小学生低学年での観察実験の教材としてよく使われている。
朝顔の茶会…千利休は満開のアサガオを一輪を残して全て摘み取り、見物に来た豊臣秀吉を迎えた。秀吉はいぶかしんだが、茶席に生けられた一輪の朝顔に感動したと伝えられる。利休が茶の心を示した故事である。
花言葉は「明日もさわやかに」「はかない恋」「貴方に私は絡みつく」「愛情」「平静」。
朝顔 (源氏物語)、浄瑠璃「生写朝顔話」
近縁種[編集]
サツマイモ Ipomoea batatas
クウシンサイ Ipomoea aquatica
ソライロアサガオ Ipomoea tricolor
アメリカソライロアサガオ、セイヨウアサガオともいう。英語で、マルバアサガオなどとともに Morning glory と総称する。園芸植物として改良されている。近年では多花性昼咲性のソライロアサガオの人気が高まっている。
マルバアサガオ Ipomoea purpurea
英語で、ソライロアサガオなどとともに Morning glory と総称する。園芸植物として改良されている。
ノアサガオ Ipomoea indica
沖縄県原産で、同県では低地の森林や藪にごく普通に分布する野生種である。多年生・宿根性で、関東以南では越冬して成長し古い茎はやや木質化する。ノアサガオの園芸品種が「琉球アサガオ」「オーシャンブルー」「宿根アサガオ」など多くの異なる名称で販売されている。草勢はきわめて強健で、蔓は数mの高さにまで伸び、垣根や家の壁面などをカーテン状に覆い尽くす。葉もアサガオより大きく、掌大のハート形で、花は多数が房咲きし壮観である。時刻と気温によって花の色が変化し、早朝は青く昼は紫になる。結実しにくいので挿し木で繁殖させるが、夏から秋に古い蔓を30cmほどに切って浅く植えると簡単に根付き、繁殖は容易である。暖地なら露地でも越冬するが、0℃以下だと株が凍死するので鉢上げして室内に取り込む。





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